暁龍軍
過去に暁龍領を治めし武将-暁龍帳(かつかみとばり)が率いていた軍勢。
豊富な報酬を条件に朧帝国のあらゆる戦場に赴く戦特化の軍という性質は、武将の座を暁龍月緋が継ぎ暁龍軍が朧煌軍になった現在でも残っている。
これは、その暁龍軍が猛威を奮っていた約40年前の話になる。
戦場にて脅威なのは何か。
完全武装した軍兵か、隙のない魔術師か。
強大な力を持つ竜もその一つだろう。
人が指示を出せる騎竜兵ならなおさらだ。
通常、空を飛ぶ彼らに人では手が届かない 彼らの硬い鱗は矢など簡単に弾き返してしまう。
一般兵の軍勢をいとも容易く退き、また一匹の竜騎兵が戦場で暴れている。
負傷した兵は目前に迫る爪を避けることなど出来ないだろう。
「…っ、斬橄様…!?」
前に飛び出し、己の部下を庇うべく刀を振るった男。
暁龍軍にて暁龍に仕える武士の一人、斬橄だ。
刀一つで攻撃の軌道を逸らすが、威力を殺し切れなかったのかその爪が斬橄の腕を掠めた。
「斬橄様っ!貴方様がどうして一般兵など庇うのですかっ…!お怪我が…!」
斬橄「いやなに、君はまだまだこんな所で死ぬような男じゃないと思ってさ。イテテ、変な所やっちゃった…。」
好機と捉えた敵兵が一斉に押し寄せてくる。
だが、突如吹いた暴風に遮られどこからともなく現れた竜人が彼らを切り伏せた。
斬橄「あ、丁度いいとこに来たね。鳶舫、寓蜃。」
「主、お怪我を…」と駆け寄ってきた寓蜃と暴風を起こした空の魔術師、鳶舫が現れた。
彼らは斬橄が信頼している部下の2人だ。
斬橄は「大丈夫、ただのかすり傷だよ」と呑気に言いながらも竜騎兵を見据えていた。
先の一撃を逸らされ、斬橄を強者と判断したのか飛び退いて様子を見ている竜騎兵。
それが、他の竜騎兵の増援を待つ様子見だということに気付いた鳶舫が「自分も加勢します…!」と声を上げる。
だが、それを制す斬橄。
斬橄「いや、まだだ。」
そう言った直後か__
空から斬撃が振り、竜の首が落とされた。
飛んでいた巨体が地へ墜落する。
舞う砂埃の向こうで響く騎竜していた兵の断末魔。
動かなくなった竜の体を足場に踏み、現れたのは…
斬橄「あっれぇ、月緋様じゃん!」
斬橄と同じく暁龍に仕える武士の一人、月緋だ。
竜騎兵が一撃で葬られたことにより敵軍が動揺してる今が好機。
寓蜃と鳶舫に負傷兵を安全に撤退させるよう指示を出す斬橄。
こちらの様子を見る敵兵の視線を一切気にも留めず月緋は刀の血を払いながら堂々と斬橄に歩み寄る。
月緋「お前が怪我を負うなど、珍しいな」
斬橄「庇ったときにやっちゃっただけだよ。
というか月緋様、違うとこで戦ってたって聞いたんだけど何でいるの?」
月緋「上でやり合ってたらいつの間にかここに辿り着いただけだ。」
上?と空を見上げた斬橄の視界に、竜騎兵同士が争いを繰り広げている光景が映る。
斬橄「空中戦?竜騎兵じゃないし竜人でも魔術師でもないのにぃ?」
「足場ならあるだろう」という月緋の返しに「竜のこと言ってる?アハッ、おもしろ〜」と斬橄は笑った。
「隊は持ってるみたいだけど傍に置く部下持たないの?僕みたいに寓蜃とか鳶舫とか」と前に月緋に聞いたとき 「俺に着いて来れん雑魚はいらん」と言われたことを斬橄は思い出す。
斬橄「本当に人間?人外ですって言われた方が納得できるんだけど」
月緋「お頭も大概だろう」
斬橄「暁龍さんかぁ…あの人も隠れ竜人だったりしない?」
やいのやいの斬橄と月緋が話してる間に、強者を前に中々手を出せずにいた敵兵共が吹っ切れたのか鯨波を挙げて襲いかかってくる。
月緋「そら、うだうだしているものだから相手も痺れを切らしたようだぞ」
斬橄「血の気が盛んなのはいい事だ。いやぁ月緋様と一緒に戦えるのは嬉しいなぁ」
背中合わせで刀を構えた二人は楽しそうに笑みを浮かべた。
戦場にて脅威なのは何か。
完全武装した軍兵か、隙のない魔術師か 強大な力を持つ竜か。
…一番の脅威は、それら全てを身一つで凌ぐ圧倒的強者だ。
数刻も経たずして死屍累々になる戦場。
この場にいた敵兵を殲滅した二人は息一つ上げていなかった。
月緋「存外呆気なかったな。さっさと次の戦場に行くぞ斬橄。」
納刀した月緋がその場を去ろうとするが、斬橄はその場から動かない。
死体の山を眺めていたかと思うと、斬橄はその光景に向かっておもむろに手を合わせ始めた。
「またかこやつ」と呆れた様子で斬橄を置いて行こうとする月緋に遅れてやってきた隊の一人が「斬橄殿は何を…?」と声をかける
まるで祈るように手を合わせている斬橄は静かに涙を流していた。
斬橄「あぁ……何度見ても、…苦しいな…」
月緋「敵味方関係なく、毎回同じようなことをする。」
兵「…お優しい方なのですね。」
相手の言葉に月緋は少しばかり眉をひそめる。
コイツら歯ごたえねぇ〜と先程まで笑っていたというのに…
月緋「共に戦場で戦って随分と経つが、未だに彼奴の考えていることは理解できんな。」