次にアグネスが目を覚ましたときには、事は既に終わっていた。
暁龍領の被害は甚大で、死者数負傷者数も把握できず。
領の上空に消火の跡が燻る。
被害に遭っていない動ける者達はみな救助活動や二次災害を防ぐために駆り出されているという。
屋敷が全焼したため、気を失ったアグネスが運ばれた先の暁龍城が静かなのもそのせいなのだろう 。この先はここで過ごすことになるだろう、と隣にいる月緋が彼女に教えてくれた。
アグネス「結局、しなかったんだ」
月緋「あぁ」
アグネス「なんで?」
月緋「…何故だろうな」
アグネス「領主なのに、領の被害を全てなかったことにできるのに…、使わないことを選んだのね …
…ありがとう」
ずっと遠くを眺めている月緋の横顔に、アグネスは「ねぇ」と声をかける。
アグネス「アンタ、この世界の神様なんでしょ。 なんでいきなり人喰い竜なんか放ったのよ。」
月緋「……俺ではない」
アグネス「…え?」
月緋「あれは、…今は俺の管理下にない あれを操る権限を俺は今持っていない」
アグネス「今はって…いきなり現れたものじゃなかったの?存在しないって、長い間言われてたのに、」
月緋「空島の噂は聞いたことはあるか」
アグネス「…知らない。もしかして、そこが住処?」
月緋「変わっていなければな」
アグネス「…アンタが操れないっていうならその島ごとぶっ壊しちゃえばいいのに。
それにその権限?何、これも今はってことは昔持ってたってこと?」
月緋「……譲り渡した。」
え、なんで…とアグネスが口にしたところで月緋は立ち上がった。
月緋「襲撃からまだそう時間が経っていない。今日はもう休め。」
アグネス「……桜花は」
月緋「…死体安置所だ。」
アグネス「そう、……弔うことは出来るのね。」
月緋を見上げていたその顔が俯く。
布団の上に置かれた小さな手に力が籠るのが見えた。
部屋を出る一歩手前で月緋は止まり、彼女の方へ振り返る。
月緋「忘れてしまうのかとあの時問うたが、お前に関してはその心配は無い。
お前は俺の力が及ばない"例外"だからな。」
アグネス「だとしても…いえ、なおさら嫌。 自分一人で抱えるなんて嫌じゃないの。」
月緋「…さぁな… 俺は今までずっと、そうしてきた。」