月緋「ふむ…喉が掻っ切られたような跡があるな」
肉が焦げたものと同等の匂いが漂うその部屋は、黒ずんだ躯が幾つも均等に並べられている。
死体安置所にて、月緋は片膝をつき目の前の焼け焦げた遺体を観察していた。
雪彦「主要転送装置を管理していた魔術師二名、監視兵五名が殉職。その遺体にも同様のものがありました。」
月緋「…故意に狙われたか。」
雪彦「あの群れの中に相当頭の切れる個体がいるようですね。」
月緋「彼奴らの仕業だと断定はできんがな。一応鑑定に回せ。」
命を受けた雪彦は一礼すると能率的に部下へ指示を出す。
多くはない人が往来する場で、月緋は雷火の姿を見かけた。
どうやら死亡者名簿に記入するため、身元確認の作業をしているらしい。
誰が誰なのか判別できないほど焼け焦げた死体でも「この人は補給班の__、次は…」と的確にそれが誰であったかを雷火は見抜いていく。
暁龍領で会ったことがある者全員の顔と名前を一致させられる彼だからこそ出来ることだろう。
ふと、雷火の動きが止まりその場でひざまずいた。
彼の視線の先には、淡い桜色の髪が床に広がっている。
月緋「…桜花か」
雷火「…はい」
焼け跡が少なく、目立った外傷は見えない。
だが、それでもその瞼が開かれることはないのだろう。
雷火「桜花、よく頑張ったな…。アグネス様を守ってくれてありがとう」
柔らかな声で、雷火がその頭を優しく撫でる。
黒焦げた躯が並べられた部屋で、桜花の遺体は綺麗そのまま残っていた。
そこではたと気付いたのは月緋だけであったのだろうか。
__何故焼けていない?
あの状況下でこの状態のまま残るのは有り得ない…
そう、この部屋で桜花だけが異質に際立っている。
雷火「つ、きひさま…」
桜花に触れていた雷火も異変に気付いたのだろう。
雷火「まだ、温かい… まだ……生きてます…」
は、という間もなく月緋はすぐさま状態を確認する。
傷口に触れるが、まだ固まっていないように見える血液が指先に付着しない。
月緋「……あの小娘、何をしおった」