ページを捲る。
紙の擦れる音。
書物の古い匂いが充満している空間。
紙の劣化を防ぐためか、どの窓もカーテンは締め切られており、ほんのりと薄暗い。
かといって文字を読むのに支障は出ない明るさが魔道具によって保たれている。
図書館と呼べるほどの大きさはない言わば書物庫のようなこの空間には、この周辺地域に関する古い文献などが保管されていた。
ここはノーベス大陸の発展地域とはまた少し外れた地にある町に、古くから存在する老朽化一歩手前のような書物保管庫だ。
ディラン「お疲れ様、進展あったかい?」
辞書を片手に一枚の文献と睨めっこしていた音葉が顔をあげる。
音葉「ごめんなさい先生、あまりこういうの、読むのに慣れていなくて…」
ディラン「大丈夫。手伝ってくれるだけありがたいよ」
ディランはそう言いながら、持ってきた紙の束を机の上に置く。
アダム「まだまだ山積みみたいだな」
同じく文献を読んでいたアダムが今しがた積まれた紙の束を見てそう尋ねた。
ディラン「うん。でも二人共…特にアダムくんはあまり無理しないでね。私一人でも大丈夫だから。」 アダム「構わん。手伝えるなら手伝うだけだ」
ディラン「ありがとう」
アダム「進展だが、探してる情報ピンポイントのものはなかった。
だが、興味深いものは見つけたぞ。」
椅子にもたれかかったアダムの後ろから、どれどれ?とディランが覗き込む。
ディラン「家畜竜消失事件報告書…?」
アダム「要約すると、人の味を覚えた竜が翌日には跡形もなく消えた、という事件だ。」
ディラン「…各地で報告が上がってる現象だね」
アダム「あぁ。人喰い竜が現れるよりもっと昔からあるらしい、そう珍しくもないものだ。」
音葉「え、珍しくないものなんですか?」
ディラン「そう。偶然人の肉を口にした竜がまれに、 人の肉を好むようになって襲いかかってくることがあるんだけど、彼らは例外なく翌日の朝には消えているんだ。
竜の神隠しなんて言われていたりするね。」
音葉「竜の神隠し…」
アダム「興味深いのはここの部分だ。見てくれ先生。」
ディラン「ふむ………消失する数時間前、拘束されていた件の竜はしきりに南東の方角に怯える素振りを見せていた…?」
アダム「神隠しに遭う前の竜が何かに怯える素振りを見せること自体ままあったが、方角まで明らかになっているのはこの一件が初めてではないか?」
ディラン「確かにこれは興味深いね…。ここから南東というと…大都市アウォリア、その先はトランテスタ魔術学校…」
アダム「さらにその先で言えば、魔境ディザスタ海域だな」
魔の海域か…とディランが顎に手を当て呟く。
ディラン「あの海域も謎が多いね。 今後ディザスタ海域の情報も集めてみるべきかもしれない。
情報を持っていそうな人達にも連絡をとってみようかな。」
アダム「人の味を覚えた竜が消失する理由もその仕組みも解明されてはいないのだろう?」
ディラン「神隠しと言われてるぐらいだからね…」
ここで、ずっと静かに話を聞いていた音葉が「あの…」とおそるおそる手を挙げた
音葉「…今聞いてて思ったことなんですけど…
ここから南東のどこかへ人喰いになった竜を神隠しで集め続けて、何らかの理由でそこから解き放ったせいで襲撃事件が各地で起こっているっていう可能性は…」
ディラン「可能性はある…だけども、そうだと言い切るにはまだ情報が不足しているね。」
ディラン「でもいい線行ってると思うよ」
考えをちゃんと発言できて偉いね、というディランの褒め言葉に、音葉は面映ゆく感じたのか視線を落とした。
アダムが読み終わったであろうものが他にもいくつか机の上に重なっている。
それをちらっと一瞥するディラン。
ディラン「情報ありがとうねアダムくん。
……これもお願いしてみていいかな」
ディランがそう言ってアダムに渡したのは一枚の羊皮紙だ。
アダムはそれを受け取り黙って目を通すと、しばらくしてから顔を上げた。
アダム「巨竜信仰について書いてあるな。オーケアノスのことかと思ったが、ここに記されているのは炎の巨竜についてだ。」
アダムが要点をかいつまんでつらつらと読み上げていくのをディランと音葉はときおり相槌しながら聞いている。
アダム「大体こんなものだ…それに、炎の巨竜はノーベス大陸を巡回しながら子育てする習性があるらしく、今の時期的にこの地域を訪れている可能性が高い。」
ディラン「ありがとうね。炎の巨竜イバンカか…信仰と観光を兼ねてる村がちょうどここから近いし、そっちにも寄ってみようか。」
ところで…とディランが続ける。
ディラン「アダムくん。三分も経たないうちに、君はこの古い言語で書かれた報告書形式の文献を"解読魔術なし"で読めてるね。 報告書も読み慣れてるようだし、考古学者だったりする?」
それに対して「さぁな」とアダムは肩を竦めるだけだった。
未だに何も思い出せずにおり、彼の記憶を紐解く手がかりもない。
思い出せないものは仕方がない、と積まれた次の文献も消化しようと手を伸ばすアダムだが、彼は眉を顰め手を止めた。
アダム「…悪いな、しばらく役に立てそうにない」
ディラン「あ、大丈夫だよ。休んでて。後は私がやっておくから」
音葉「私も頑張ります…!」
彼らはまた時間をかけ、情報を掴むべく書物を読み漁る作業に戻ったのだった。
「そういえばヨナくんがね、君が古代遺跡で解読した内容について手紙を催促してたよ」
「あー……内容を忘れた」
「ふふ…嘘だね。面倒臭いだけでしょ アダムくんが記憶力がいいって言うのは知ってるから」
「…そのうち適当に書き出す。思い出しながらな」