書物保管庫の管理人に挨拶をし、ディラン一行は町を発とうとしていた。
音葉「先生、あれは?」
音葉が指を指した先、山へと続く道にアリのように人が連なっている。
誰もが白装束を着ており、何組かは年季の入った独特な神輿を担いでいた。
ディラン「祭事かな。この後、皆で神輿を山の奥まで運んでいくんだと思うよ。」
音葉「祭事、にしては皆さん表情が険しいですね…特に、神輿を担いでる人達は辛そう…」
ディラン「神様を祭る厳格な儀式だからかもね。皆、自分が信じる神様のために真剣なんだ。」
音葉「自分が信じる神様…」
鈴の音に合わせながら歩を進める彼らを横目に、ディランと音葉は次の目的地を確認するべく地図を広げた。
…アダムは一人立ち止まり、その鈴の音に耳を傾けている。
「神様なんざ信じてない…
って顔をしているねアンタ」
横からしゃがれた声でアダムに話しかけたのは、背の曲がった老人だった。
この町の住民だろうか…
アダム「…己が信じる神様が誠に実在するのか否か、みな疑念を抱いたりしないのか。」
山の方を向いたままそう返すアダムに、老人はにししと笑う。
老人「これはほんの一つの考え方なんだがね、 本当に存在していなくてもいいんだよ。」
アダム「…」
老人「信じるってだけで救われる奴もいるし、それが生きる糧にも道徳代わりになる奴もいるのさ。」
老人は目を細めて笑い、遠く揺れる祭事の光を眺めながら言葉を続ける。
老人「生き物ってのは存外この世界に適応しているよ、万能な存在がいなくてもねぇ。」
アダム「……そうか。」
老人「あぁ、でも実際居なくてもいいなんて、ここだけの話にしておくれ。
人が信じるものを否定するのも野暮だし、なにより刺されてしまうからねぇ。」
老人がしーっ、といたずらっ子のように口に指を当てて笑う。
老人「これはあくまで個人の考えだと思って頭の片隅にでも留めておくといいさ。」
老人は伝えたいことは伝えたと言わんばかりに頷き、杖をつきながらアダムの元から立ち去った。
ディラン「あ、アダムくん。町の人と話していたのかい?」
アダム「あぁ、少しな。」
アダム「なぁ先生。今まで旅をして見てきたどの地域にも、各々の信仰が根付いていた。
…神や信仰、何故そのような概念が生まれ、息づくのかが俺には理解できない。」
ディラン「それは…人によって解釈が変わる質問だね。こういう見方はどうかな。」
ディラン「私は己の苦悩をどうにかしてもらうためだけに神様の概念は存在していないと思っていてね…。
人は共通のものを持つことで繋がりができ、一体感が強まる。
それは社会を滞りなく営むのに好都合なんだ。
その手段のひとつに宗教や信仰、神様という概念の存在があるんじゃないかな。」
ディラン「先程の祭事、皆真剣に一致団結して取り組んでいただろう? そういったものにはその集団社会の安定化も含まれていると考えているよ。
あともう一つは精神の安定化とかかな…人の思い込みや信じる力がときに莫大なエネルギーを持つからね。
これは魔術にも影響が出るものだ。」
音葉「魔術にも、ですか?」
ディラン「うん。ほら、よく言うだろう? 魔術はイメージだ…って。」
ディラン「神様に限らず、何かを信じるっていうのは力になるんだよ。」
アダム「…信じる力、か。」
そうこう話しているうちに、祭事を行っていた集団はやがて山奥へと消え見えなくなっていく。
ディラン「私達も行こうか。」
それらを見届け、ディラン一行は次の目的地へと旅立った。