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緋の章 第4話

  • 主催
  • 2024年9月21日
  • 読了時間: 8分

 太陽が青を降ろし橙色のカーテンを引く時刻、紅の葉に囲まれた屋敷に陰が落ちる。

特別な事がなければ、暗くなる前に就寝の準備をするというのがここでの習慣。


だが、どうやらその日は違っていたらしい。


「小娘。出かけるぞ」


突然襖を開け入ってきたなり、赤髪の男性はそう言った。


今まさに押入れから布団を引っ張りだそうとしていた女は唖然とする。


アグネス 「いきなり何よ、こんな夜に出歩くの?」


いいから着替えろ、と彼女に着物を_

…否、浴衣を押し付けるなり彼は部屋から出ていってしまった。


突然のことに困惑していたアグネスだったが、

ぶつぶつと文句を言いながらも身支度を整えていく。


 やがて準備を終え部屋を出ると、壁に背をもたれながら待っていた彼と目が合った。


アグネス 「で、なんでこんな時間に出かけるのかそろそろ教えてくれない?」


どうせろくなことじゃない、と彼女は心の中で呟いた。

それを見た彼は目を細めて笑う。


月緋 「祭り事が催されている。ここから出たいと言っていたのはお前だろう。」


連れてってやる、と彼は…月緋はアグネスの手を引いた




 誰にも気付かれぬまま屋敷を抜け出した二人。

道中で見かける紅葉はやがて桜に変わり彼らが目的地に着く頃には、しっかりと日が落ちきってしまっていた。


夜とは思えぬ灯りの数々と、煌びやかな町通り。

灯りに照らされた夜桜が幻想的に輝いている。

屋台の前で呼び込みをする者もいれば、変わった芸当を披露する者もいる。

酒で盛り上がるところもあった。


まさにそれは賑やかな祭り事。

食欲唆る匂いがあちらこちらから漂ってくる。

人々の談笑する声や歓声。

遠くから鳴る太鼓や鈴の音が混ざり耳に心地よい。

向こうに見える飼い慣らされた竜の素晴らしい芸当にアグネスは目を奪われていた。



 月緋は、というと…

普段の装いと比べれば軽装で、何故か狐面を被っていた。

アグネスがその理由を聞けば「顔を見られると少々面倒だ」とのこと。


 そんな彼は一歩下がって、はしゃぐ彼女のことを眺めている。

様々なものに目を輝かせる表情。

初めて見るものへの好奇心を含んだ瞳。

そして心底楽しそうに笑う彼女を。


 お面のせいで彼の表情ははっきりとわかりはしないが、

その口元が笑みを携えていたのは確かだった。


 興味を引くものがあれば買ってあげ、食べてみたいと零したものならそれも与え、美味しそうに頬張る彼女を傍らから離さないよう添い歩く。

そして目を奪う大道芸があれば立ち止まり一緒に眺めた。

あれもやってみたいと射的屋を指差した彼女と、彼は純粋に競い合い楽しむ。


そうして飽きるまで練り歩き、彼らはこの祭りを満喫した。

攫われた異国の者としてでもなく、国の存命を担う武将の一人としてでもなく、

ただの"一般人"として。



 


 歩き疲れた…とアグネスがぼやいた。

確かにどれぐらい歩いたかもうわからない。

一旦休憩してから帰るか…と考えた月緋はそこにあった木製の長椅子に彼女を座らせた。

休憩している間にまた何か食い物でも…と周りを見渡せば、丁度よさげな食い物が並ぶ屋台が目に入る。


「そこで待っていろ」と告げれば、月緋は彼女を置いてその場を離れた。


たったの数分程度だ、大丈夫だろうと彼は侮っていたが…

一人座っていて、ましてや目を引く赤髪を持つ少女が目を付けられないわけがなかった。


 艶やかな赤を美味しそうに煌めかせるりんご飴を片手に、月緋は彼女の方へと視線を向ける。

だがそこには背の高い者共が集っており、それに隠れてアグネスの姿が見えなくなっていた。

何事か、と急ぎで代金を店主に渡し早歩きで彼女の元に戻った月緋は案の定の展開に呆れた溜め息をついた。


やれこんなところで一人か、やれ一緒に来ないか、など…

可憐な少女を連れていこうと下衆共が囲っていたのだ


 アグネスはわりとはっきりとした口調で拒否しているが、酒の入った相手には効かずじまい。

せっかく買った菓子が被害を被るのは避けたい、何より争いなど興醒めする…

彼はなるべく穏便に済まそうと考え、困っていたアグネスの腰を抱き寄せ「俺の連れが世話になったな」とその場を立ち去ろうとした。


 だが、その思い虚しく

下衆の一人が「おい」と彼らを引き留める。


「へへ、ニーチャン腰にいいもん下げてんなぁ」

その男が指したのは月緋が携えている愛刀。


 ソイツは何やら怪しい武器を取り出すとこちらに向けてきた

「こりゃあな、とある幻の大陸の技術を模倣した魔剣なんだ」

何やら男が語り出すが特に興味のない月緋は無言でそこから離れようとする。

しかし、行き場を塞ぐように立ちはだかった下衆共がそれを許さなかった。


「おいおい逃げる気かぁ?随分と腰抜けなようで…

  …このやべぇ剣で切り刻まれたくなかったらその女と刀を寄越しなァ」


腰抜け、か…


相手に絡まれるのが面倒になった彼はそっと被っていた狐面を外す。

ざわめく周囲。下衆共が一気に青ざめる。

からんからん、と相手が剣を手放した。


「あ、あっちの屋台で買ったこの肉めっちゃ美味しいんすよ、ど、どうぞ」


まるで供物を納品するかのように肉串を渡してへこへこと頭を下げ出し、囲いと共に一気に散っていく。


 あまりの急展開にアグネスはぽかんとしていた。


月緋 「なんだ、やらんのかつまらぬ」


月緋はというとさも当たり前といった様子で渡された肉串にかぶりつく。

やがて状況を理解したアグネスが笑みを零した。


完膚なき手のひら返し

走り去った男共に「どーよどーよ」と誇らしげな彼女。

そんなアグネスを見て彼はくつくつと笑う。

なに?と彼女が聞けば「いや、お前の今の姿が少しばかし滑稽だと思ってな」と返される。


アグネス 「は?どういうことよ」

月緋 「虎の威を借る狐のようだなと」

怒り出すアグネスに、月緋が心底楽しそうに笑った。



 

 さぁ、そろそろ帰ろうか

賑やかな通りを抜け出し行燈も何もない暗い夜道へと二人歩き出す。

遠くで雑踏が余韻のごとく響いていた。

甘い、と零しながらリンゴ飴を食む彼女を月緋は横目で見ながら歩いていれば

横からからんころん、と下駄の音が複数鳴る。



 何事か、と足を止め辺りを見回せば暗がりから複数の男共が姿を現した。


「これはこれは、戦場の双月と名高い月緋様ではないか」


下品な笑みをへつらえながらそう言う巨体の男。後ろに刀を隠し持っているのを月緋は見逃さなかった。

周りの奴らも見てみれば、何奴も此奴も武器を手にしている。


 待ち伏せか…これまた面倒な、だから顔を晒したくはなかったのだ。

仮面の下で月緋が眉を顰めた。


月緋「我は今機嫌がいい。水を差されたくはないのでお引き取り願おう。」


不穏な空気に身を縮めたアグネスをさり気なく彼は背に庇う。

その言葉に相手らはげらげらと笑った


「そりゃあ無理なお願いだなァ!常に二人いる双月が一人でいる絶好の機会だってんだからよぉ!」

「一人なら複数で袋叩きにしちまえってなぁ!」


あちらこちらで笑い声が上がる。

なんとも耳障りな……


 その雑音により誰も気が付かなかったのであろう。紛れて、月緋が抜刀していたことに。


月緋「我の気が変わらぬうちに失せろと言ったつもりなのだがな」


後は瞬く間だった。

彼らの武器を易々と刀でいなし、急所に柄を打ち込んでは気絶させた。

まぁ、うち一人は背が届かず金的だったが…。



 

 静寂を取り戻したその場で、月緋は刀を納める。

呆然と眺めていたアグネスは、彼が抜刀してから納刀するまでただ一歩も動いていなかった。


月緋「零れるぞ、その飴。」


月緋の言葉により我に返った彼女は慌てて手から落ちかけていた飴を頬張る。


 ぱりぽり、ごくん

無事完食した彼女はそろりそろりと倒れている者共を避けながら月緋へと歩み寄った。


アグネス「力、使わなかったのね」


彼の動きが止まる。

月緋「…力?」


アグネス「貴方、この世界の人間なら誰でも操れるんでしょ。それ使えば早かったじゃない。」


 彼女だけが、アグネスだけが知っている。

自分を人間と偽り、人として生きてきた彼の正体を。

アグネスが指す力は、月緋の"創造主たる権限"のことだ。

人を、事情を、意のままに操れる力を持つ彼は、まさにこの世界の神様なのだ。


…だが彼は__


アグネス「力がなくてもこんなに強いのなら使うまでもないってことね」


呑気に喋る彼女に対し、月緋は口を噤む。


 流れる沈黙。

先程まで聞こえていた祭りの雑踏も、心なしかどこか遠い。


…気まずい空気が流れているのをアグネスはようやく自覚した。


やがて、月緋が口を開く。


月緋「こんなもの、もとより俺には必要など無い。」


仮面に遮られているせいか、声色のせいなのか、はたまた両方か

彼の感情が読めないアグネスは何も言えない。


月緋「俺は…ただ人でありたいだけだ。」


それだけ言って彼は歩き出した。

彼女の方を一度も振り返ることもせず。


 置いてかれそうになったアグネスはハッとしてその後をついていくが…

なんとなく、一歩二歩下がって歩いていく


さっきまで隣並んでいたのにな…

縮まったと思っていた距離が空いてしまったようだった。

緋の章 第5話

月明かりだけが頼りの薄暗い廊下を渡っていく。 昼は鮮やかだった庭園が、夜と闇に染まって静まっていた。 夜風にそよぐ髪を鬱陶しげにかきあげた彼は、彼女のいる部屋へと足を運ぶ。  襖を開ければすぐ目の前に彼女は立っていた。 月緋 「なんだ、待っていたのか?」...

 
 
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