二人とも、大丈夫かい?
大丈夫です…でも何も見えません…
何も見えないが全身砂まみれだというのはわかる
今、明かりをつけようとしてるんだけど……うーん、…
魔術が使えないようだな…先生も音葉も目が慣れるまでその場から動かない方がいい
……ダメだ、やっぱり使えない。どうしてなんだろう
あ、闇に目が慣れてきて薄らと二人のことが見えるようになってきました
よかった、あまり離れてはいないようだね
先生、何か燃やせるものはないか。足元に丁度枯れ木らしいものがあった。
えっとね、発火性の高い魔薬液なら…あと布もあるよ
使うぞ
…アダムさん、真っ暗なのに手馴れてますね
カッ、カッ…と石を叩く音が鳴り響く。
擦りあった石の摩擦から火花が散り、液を染み込ませた布に引火した。
松明に灯った火が辺りを照らし、三人はお互いの顔を視認する。
音葉 「…ここは?」
手にした松明のぼんやりとした光だけが彼らを照らしていた。
彼らがいるのは狭くて陰湿とした石造りの通路で、砂埃が舞っている。
松明の明かりは限られており、その光が照らす範囲以外は一面の闇に包まれていた。
足元には砂の山が出来ている。呑み込まれた時に一緒に落ちてきた砂だろうか。
アダム 「おそらくだが、神殿の内部かもな」
ディラン 「足元に内部に繋がる扉があったのかな…でもどうして開いたんだろう…?」
音葉 「…上から一粒も砂が落ちてこないのを見る限り、その扉は完全に閉ざされたかもしれないです…」
ディラン 「魔術も使えないみたいだ…困ったな…」
音葉 「建物内に魔術使用不可の術がかけられているんでしょうか…?」
落ち着くように深く息を吐くディラン。
心做しか先程よりも顔色が悪いように見える。
ディラン 「とりあえず、出口を先に探そうか」
地上とは全く異なり、ひんやりとした空気が漂っていた。
足元は不均等で、石のくぼみや突起があり、注意して歩かなければ躓いてしまいそうだ。
通路の向こうには分岐点が見え隠れし、どの道を選べば脱出できるのか分からない。
迷路のように入り組んだ通路は、進む方向も不明瞭で、まるで彷徨うような錯覚を覚える。
彼らの足音が不気味に響き渡る。
腹の奥底が冷えるような雰囲気に、皆自然と口を噤んで足を動すだけだった。
ディラン 「ごめん、聞き取れなかった、今なんて…」
不意にディランが声をあげた。
前方にいた音葉とアダムが驚いて振り返るが、そこには後ろを見ているディランがいるだけで…
ディラン 「あれ…?」
音葉 「先生、どうしたんですか…?」
ディラン 「今、…二人のどっちかが話しかけてこなかった?」
アダム 「いや…誰も喋ってない。それに、俺達は先生の前を歩いていたはずだ。」
流れる沈黙。
松明の火が揺らぎ、作られた影が不気味に動く。
当の本人も困惑しているようだ。
ディラン 「ごめん、疲れてるのかな。気のせいだったかも…。」
一同が不安になる中、ふと何かを見つけたのか音葉が前方を指さす。
音葉 「先生、アダムさん…あそこ」
指された方に視線を向ければ
そこには今まで続いてた通路とは違う空間が広がっていた。
その新たな空間に足を踏み入れれば、広大な大広間がそこにあった。
松明の明かりだけでは広間全体を照らし切れず、周囲は暗闇に包まれている。
砂にまみれた床の彫刻。
等間隔で並ぶ謎の石像。廃れて風化により掠れた壁画。
天井は高く、その上には暗がりに隠れた奇怪な構造物が見える。
大広間の奥には、更なる通路が続いているようだが、その先は暗闇に包まれて見えない。
足元には砂が薄く積もっており、神殿の歴史を感じさせるような古びた雰囲気が広がっている。
ディラン 「す、すごいね…」
アダム 「学者共が見たら歓喜するだろうな」
アダムが松明を掲げ、壁画を照らした。
奇妙な絵と文字列が壁に彫られており、それが大広間の壁の所々にある。
ディラン 「魔術が使えれば写真機を取り出せたんだけど…」
アダムが確かめるように文字列に指を這わす。
アダム 「……かなり興味深いことが書かれているのに、これを持って帰れないのは確かに惜しいな」
そうだね、と肯定するディラン。
だが一拍置いて、ん?と首を傾げた。
ディラン 「アダムくん、これ古代語なんだけど__」
不意に、ガコッと何かがはまるような音がし
その直後に音葉の悲鳴と崩れ落ちる音が鳴り響いた。
ディラン 「音葉!?」
見れば、後ろの壁際で尻もちをついている音葉とその一寸先に先程までなかった穴が出来ていた。
音葉 「だ、いじょうぶです…ごめんなさい…壁のスイッチを押してしまったみたいで…」
ディランが音葉に手を貸し、立つのを手伝う。
彼女の隣に出来た大穴は、誤って足を踏み外せば戻ってこられないだろうと確信できるほど深く、吸い込まれそうな程に暗い。
ディラン 「怪我がなくてよかった」
アダム 「…床が崩れ落ちる音ともう一つ、異なった音があちらからしていた。」
アダムが指したのは奥の通路だ。
三人は大広間の探索も程々に奥へと進むことにした。
先程と同じような狭い通路が続くかと思われたが、大広間から出てすぐ横に新たな扉が開いていた。
その先は大広間ほどではないがこれまた広い空間だ。
奥にも通路が続いているが、三人の目を引いたのは壁に彫られた見取り図。
近付いて見てみると、どうやらこの建物の全体図のようだ。
いわばマップ。
脱出できる手がかりになりうるそれを解読していく。
今の現在地は、出口は、道順は…
アダムが眉を顰め眉間を揉む。
__あまりここに長くいない方がいいだろう。魔術の使えない空間。
不気味な雰囲気。なにより、先程から先生の様子がおかしい。
…この建物の影響に違いない。
そこではたとアダムが気付く。
音葉も異変を感じたようで後ろを振り返った。
音葉 「先生…?」
音葉の声が虚しく反響する。
ディランがいつの間にか姿を消していたのだ。
音葉の顔が不安の色に染まる。
アダム 「俺が探してくる」
音葉 「え、でも…」
アダム 「遠くには行ってないはずだ。音葉は引き続きここでその地図から出口を探してくれ」
適当な布を棒に巻いてから着火しその場に明かりを残した。
急ぎ気味な足音が響く。
アダムは来た道を引き返し先程の大広間に出た。
松明が突如として人影を照らし出す。
ディランが、こちらに背を向け大穴の前に立っていた。
明かりがない暗闇の中ここまで一人で来たのか…?何のために…?
ディラン 「…違う」
ぼそり、と発せられたその一言は誰に向けてだろうか。
ディラン 「ここではない…私のは__」
アダム 「ディラン先生」
アダムの呼びかけに、ようやくこちらに気が付いたのかディランが振り返る。
ディラン 「…あれ?…私は、ここで何を…」
困ったようにへらっと笑うディランの視線は、アダムの方を向いていなかった。
これはまずい、と嫌な予感がしたアダムは咄嗟に手を伸ばす。
ふっ、と意識を失い大穴に落ちかけたディランの腕を掴めたのは幸運だった。
勢い余って手放した松明が明かりを拐い大穴へと落ちていく。
周囲が暗闇に包まれていくなか、一瞬だけ照らされた大穴の側面に
確かにそれらは張り付いていたのだ。
音葉 「…出口、これかな……」
音葉が指で道をなぞっていると、元の通路から慌ただしい音がやってきた。
アダム 「音葉!明かりを持て!!」
ディランを肩に抱えたアダムが通路の暗がりから走り出してきた。
言われて咄嗟に松明を手に取った音葉だが、次の瞬間彼女は浮遊感に襲われる。
音葉 「へっ!?」
アダム 「逃げるぞ!」
小脇に抱えられたまま目まぐるしく変わっていく光景に混乱する音葉。
音葉とディランの二人を抱え、アダムは全力疾走している。
アダムの足音とはまた異なる足音。
ケララッ…クヴゥヴ…!という声が一定の距離を保って聞こえてくる。
一体何事かと抱えられたままの音葉が背後を見れば、三体の黒いミイラのようなラプター種が牙を剥き出しにしてこちらに迫ってきていたのだ。
音葉 「なにっ、先生に何が…!?あれは…!?」
アダム 「説明は後だ…!…ッ、くそ、こんな時に!」
一瞬ふらついたかと思うとアダムの走りは先程よりも減速してしまっていた。
何があったか察した音葉は分かれ道を目前に「九時の方向!」と突如声をあげる。
音葉の言葉に突然右へ直角に曲がったアダム。
急な方向転換に追っていた1匹が壁に体をぶつけるがすぐに立て直していた。
音葉 「出口の方に案内します…!」
アダム 「…任せた!」
信頼の表れか、アダムの駆けるスピードが再び速くなっていく。
右へ左へとひたすら通路と広間を駆け巡り、出口を求めて走り続けるその先には…
音葉 「ここが出口に…え…
止まってください!!」
アダムの急停止に砂埃が舞う。
想定していたものと違った光景に、音葉の脳内で描かれていたマップが音を立てて崩れた。
音葉 「そんな、ここに出口があるはずなのに…」
目の前のそれはただの行き止まりでしかない。
壁も天井もボロボロで瓦礫があちらこちらに散乱しているような有様だ。
後ろから彼らの声が近づいてくる。
このままでは袋の鼠。万事休す、と思われていた矢先
自分の頬に掠めるように断続的に砂が落ちてきているのをアダムは気付く。
アダム 「…本来ここが出口だというなら、ここは地上に近いということでいいんだな?」
天井を見上げて喋るアダムに困惑しながらも「は、はい」と肯定する音葉。
敵はもう目と鼻の先だ。すぐそこまで来ている。
アダムがグッ、と屈んだかと思うと二人を抱えたまま飛び上がった。
音葉 「きゃっ!?」
一度壁を蹴って勢いを増やしたアダムは、そのまま天井に蹴りの一撃をくらわせる。
強烈な一撃だったのか、はたまた元々脆くなっていたのか。
それを切っ掛けに天井にヒビが走り音を立てて崩落した。
大量の砂が上から降ってくる。
砂の洪水と瓦礫は敵も彼らをも飲み込んでいった…