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蒼の章 第11話

 砂丘が延々と広がる大地を移動する3つの影。

三人を乗せた馬竜は砂を蹴り上げかながら砂漠を駆けていた。


一面の金色が眩く目を細めながら、二本の手綱を持って先導している音葉。

その縄の先は空の馬竜と、ディランを抱えたアダムが乗る馬竜の二体が引かれている。


目指すはヨナがまだいるであろう設営地だ。


アダム 「追ってきているな…。音葉、頼めるか。俺が先導する」

音葉 「!…もう大丈夫なんですか」

アダム 「あぁ」


音葉は自身の速度を落とし後方に位置を移しながらアダムに手綱を投げ渡す。


 後ろを確認してみれば、アダムの言う通りかの三体が追ってきていた。

そのおぞましい視線は未だに彼らを捉えて離さない。


神殿から離れても追うことをやめない執念深さに音葉は冷や汗を垂らす。


このまま設営地まで持っていったら厄介だ。



 音葉は杖を取り出し構え、速度を落とし彼らをギリギリまで引き付ける。


「クヴヴッ!クヴッ!」


気のせいか、目前の獲物に彼らは牙をむき出して笑っているように見えた。

彼らの意識がこちらへくびったけになっている隙に、魔術で矢継ぎ早に背後の砂を軟化し彼らの足場を奪う。

軟化した砂に足を取られ、まるで底なし沼のように沈んでいく彼らに慈悲もなく

音葉は念押しで砂嵐をお見舞いした。


 もうこれで追ってはこれないだろう…

速度を上げた音葉はアダム達と合流した。



 神殿内で追い詰められたあの後

天井が崩落し外気が流れ込んだおかげか、魔術を再び扱えるようになった音葉が砂から三人を押し上げ脱出したわけだが…



今なおディランの意識は戻っていない。




 

アダム 「ヨナ、いるか」


 ディランを抱えながらテントの中に入ってきたアダムと音葉を見てヨナが目を丸くする。


ヨナ 「おいおい何があったんだ。三人とも砂まみれじゃねぇか、とりま教授をこっちに…」


 普段使っているのであろう寝袋をヨナが敷き、その上にディランを横たえる。


アダム 「外傷はない、意識を失っているだけだ。」

ヨナ 「ん、見る限りそうっぽいな」


他に異常がないことを確認し、蓋を外した液瓶をディランに嗅がせるヨナ。


ヨナ 「気付薬だ。10分もしたら目ぇ覚めると思うぞ」


 ほっ、と一息ついて安堵する音葉

ようやく落ち着ける状況になったので、事情を説明しようとしたアダムだが…



…またあの匂い、否…魔力だ…


前回ここに立ち寄った際に感じたあの奇妙な魔力をまた感じる。


 結局、神殿跡地にも神殿内部にもなかったこれは一体何なのか。

普段ここに寝袋を置いているということはこの隣のスペースはもう一人分のだろう。

…一番匂うのはその空いたスペースからだった。


アダム 「なぁ…ここで一人で研究しているのか?」

ヨナ 「ん?ツレがもう一人いるぞ。あいにく外出中でよ。何処ほっつき歩いてんだか…心配だからあんま出歩いて欲しくないんだがな…


それがどうかしたのか?」


アダム 「いや…何となく聞いてみただけだ」

ヨナ 「そうか……んで、結局何があったんだよ…!」


 ヨナはいかにも好奇心が抑えられませんといった顔でアダムに向き直る。

ディランに何があったのかまだ聞いていなかった音葉も聞く姿勢に入る。

圧に少々押されつつ、アダムは何があったか説明し始めた。



 

ヨナ 「マジか!?!?」


 本日二度目のマジか。

驚嘆の声がテント内に響き渡る。


ヨナ 「神殿内部に入れんのかよ!!しかも色んな壁画があって、石像もあって、落とし穴トラップもあって、人の正気を奪うような仕掛けもあるかもしれなくて、生存していた竜もいてソイツらが敵対的だった!?!?!おいおいおいおい」


興奮冷めやらぬまま猛スピードでメモに筆を走らせているヨナの気迫が中々に凄まじい。

やべぇ、こりゃ大発見だ、やべぇ、やべぇぞ…などとぶつぶつと呟いている。


ヨナ 「へ、壁画には…壁画には何が描いてあったんだ…?」


 アダムが思い出そうと顎に手を当てる。

しばらくして、「所々掠れて読めなかったから、読めたとこだけだ」と前置きしてから語り始めた。



アダム 「……世界を司る日は沈み、月が昇る…しかしやがて月明かりも潰え、世は闇に覆われた

   創造主が消えた世に均衡はなし。均衡を保つべく

   大地の神は地と共にありて眠る。かの神が司るは陸 炎 核

   大空の神は空にて流るるままに世界を見守る。かの神が司るは空 雷 重力

   大海の神は絶えず循環する水のように生を巡りめく。かの神が司るは 海 氷__



「なんや、お客さん来とったん?」



アダムの声は、音もなく入ってきた少女によって遮られてしまった。


 いいとこで止められてしまったヨナが崩れ落ちる。

マゼンタのインナーカラーが入った黒い長髪を一括りにしたその少女は、アダムの顔を見るなり硬直した。



「ぷっ…ふふ、あはは!!」


…かと思えば、腹を抱えて大いに笑い始める。



ヨナ 「なんだエコア、知り合いなのか?」

彼女がヨナの言うツレなのだろう。


 エコアと呼ばれた彼女はひとしきり笑って涙を拭うと

「ちゃう、知らん知らん…ふふ、顔似てるやつのこと思い出して笑ってしもただけや」と笑みをもらしながら言った。


 人の顔を見て大笑いするとは失礼なやつ、と普通は思うだろうがアダムは何も言わなかった。


「はーおかし…」と呟くエコアをよそに、ようやくディランが目を覚ましたようで

「…ここは?」と体を起こしている。


音葉 「先生…!大丈夫ですか…!」

ディラン 「うん、あれ…神殿跡地に向かってたんじゃなかったっけ…?」

アダム 「何も覚えてないのか…?」

ディラン 「……?」

どうやら神殿内部に入った記憶が飛んでいるらしいディラン。


 体に痛みなど他に異常がないか確認するや否や、

「先生も目を覚ましたし俺たちはお暇する」とアダムが言う。


「え!?続きは!?」と驚くヨナ。

依然ぽやぽやしているディランの手を引き音葉も連れて

「先生にも説明して手紙を出してもらう」と言い残し、アダムはその場から去ってしまった。


エコア 「おおきに〜」

ヨナ 「行っちまった……エコアが人の顔見て笑ったの気に障ったんじゃねぇのか?」

エコア 「そら悪いことしてもうたわな…かんにんやで」



 


音葉 「なんですぐ出てってしまったんですか?」


アダム 「あの場に長く留まりたくはない、不快だ」


 ディランに肩を貸しながらアダムは苦虫を噛み潰したような顔でそう答えた。

日が傾き始めている。

馬竜に乗っていけば暗くなる前には町に着くことができるだろう。


馬竜を繋ぎ止めていた場所に足を運ぶと、三人は奇妙なものを目にする。

音葉 「なん、ですかこれ…」


身を寄せ合い怯えるようにいななく馬竜たちの傍に、何かの死体が散らばっている。


アダム 「…これは、あの神殿の奴らじゃないのか…。ここまで追ってきていたってことか。」

ディラン 「まるで何か大きなものに噛みちぎられたみたいだね…」


 血を吸い赤黒く染った砂の上

無惨に喰い荒らされた手足や尻尾の残骸

一体ここで何があったというのか…



アダム 「…やはり長居しない方がいいな。」




 

ヨナ 「てかどこ行ってたんだ。ほら、飯にするぞ」


エコア 「今お腹いっぱいやけぇ、今日はいらんわ」


ヨナ 「食べれるものなんてこの周辺にあったか?」


エコア 「探せばあるんよ。あぁでもハズレ引いてもうたわ。

   お口直しに一口あーんしてほしいなぁ」


ヨナ 「おま、あーんってッ…!」


エコア 「あはは、動揺しすぎやてむっつりさん。んで、何の話しとったん?」


ヨナ 「それがよ!神殿の中に入れたっつー話で魔術とか使えねぇしトラップもあるし

   壁画に書かれてた内容も凄くて……あ?待て…


   解読魔術が使えねぇのにどうやって古代語が読めたんだ…?」



エコアがにまりと笑った口元を隠す。


エコア 「は、読めるやろなぁ…あいつなら」

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