紅葉舞う森の中。朱、橙、黄と美しく彩られた景色の中に建つ立派な屋敷。その中庭で慣れない模擬刀を振るう者が一人
牡丹色の混ざる赤髪に生える黒い角、光を秘めた赤い眼のその目元に散らばる鱗を持つ彼女は
そう、この世界では竜人と呼ばれる類であった
上から下へ振り下ろす。振り上げ、また振り下ろす。素振りを何度も繰り返す彼女の顔を伝う汗
和服の袖を捲ったその腕はか細く、彼女の体格の小ささを知るには充分だった
太刀筋に大きくブレが生じる
「脇の締めが甘い。腰をもっと低く維持しろ。」
縁側で酒をあおりながらそれを眺める男が一人
彼女がキッと睨みつける
「何度も言わせるな小娘。鳥頭より酷い頭の出来をしているようだな。」
構わず発せられた言葉に、ついに彼女は刀を下に叩きつけた
「なんで私がこんなことしなきゃいけないの!」
「俺が手持ち無沙汰なのと、単なる気まぐれだ。」
その問いにあっけからんと答える男性
それに青筋を浮かべる彼女
「こういうのじゃなくてもいいじゃない!私女よ!?」
「じゃあなんだ、俺と将棋でもやるつもりか?勝負にならんだろう、つまらん」
人に刀の振るい方を叩き込むのも悪くない、と彼は付け足した
随分と身勝手な理由に彼女は怒りを隠せず
もうやってられない、とどこかへ去ろうと足を踏み出せば
「そうやってお前はすぐに投げ出すのだな、小娘」と声が飛んできた
「…小娘じゃなくてちゃんと名前があるって言ってるでしょ」
足を止めて男の方を見れば、興味無さそうに杯に口をつけていた
「お前の名など覚えておらん。小娘でいいだろう。」
アグネス 「アグネス。私の名前はアグネスよ。覚えて。」
和風文化に囲まれたこの場に似つかわしくないその名
彼女は元々この国の者ではない
遠い異国から訳あって連れてこられた、ただのしがない竜人だった
「お前を認めたらその名で呼んでやる」
男はその赤い瞳でアグネスを見据えた
奥の襖が開き侍女が現れる
侍女「月緋様、来客で御座います」
月緋 「客間に通せ、すぐ向かう」
月緋と名を呼ばれた彼は相手を見ずにそう答えると、侍女は下がっていった
杯に残った酒をクイッと飲み干すと彼は立ち上がる
月緋 「侍女が来るまでそのまま稽古を続けろ」
逃げ出すことは許さん。
そう言って月緋はその場を後にした。
取り残されたアグネスは地に置かれたままの刀を手に取り、深い溜息を吐く。
アグネス 「帰りたい…」