「お嬢様、危険です!お降り下さい!」
「止めても無駄よ!もうこんなとこにはいられない!
絶対にこの屋敷から抜け出してやるんだから!」
昼下がりの屋敷にて、アグネスとその専属の侍女である桜花はなにやら揉めているようだった
桜花「だからって木に登ることないじゃないですか!」
そう訴えて桜花が見上げているのは木の上にいるアグネスだ
高さ3m以上はあるであろう木の枝に足をつけている彼女
傍から見たら心底肝が冷える光景であろう
桜花「そんな危険なことしなくても逃走経路は他にあるんですよぉ!」
涙ながらに言う桜花は本当にアグネスの身を案じているようだ
だが、アグネスの「じゃあなに!?私が逃げるの手伝ってくれるってこと!?」
という言葉にうぐぐと何も返せなくなってしまった
何も出来ずあわあわと右往左往するしかない桜花を横目に、アグネスは向こう側へ手を伸ばす
アグネス 「ここからなら手が届くはず…この塀を越えて、逃げ出してやる……、」
「ぁ」
恐れていた事態が起こってしまった
伸ばした手は空を切り、バランスを崩して傾く体
枝を足場に踏みしめていた感覚も消え、アグネスは宙へ放り出された
桜花「お嬢様!!」
悲痛な叫びはどこか遠く、アグネスは強く目を瞑った
……いつまで経っても地面に叩きつけられる衝撃が来ない
「まったく、妙な真似をしおって」
頭上から降ってきた男の声にアグネスはばっと目を開けた
そこにあるのは忌々しく思っていた男の顔
見れば、アグネスは月緋に抱きかかえられていた
いわゆるお姫様抱っこという状態で
アグネス 「…っは!?え、ちょっと!離しなさいよ!!」
状況を理解したアグネスが暴れ出すよりも早く、月緋は彼女を降ろす
月緋「あまり俺の手を煩わせるなよ小娘」
彼はそれだけ言うとさっさとその場を後にしてしまった
煩い鼓動は恐れからか嫌悪からか、はたまた…
アグネス 「…どこから沸いたのよアイツ。
ていうかなんで貴方が赤くなってんのよ」
桜花「ふぇ…」
アグネス 「はぁ!?あの男と私が!?」
桜花 「お、お嬢様声が大きいです!!」
木登り事件直後の屋敷の廊下でアグネスの大声が響いた
桜花曰く、侍女の間で屋敷中噂になっているらしい
月緋とアグネスがデキているという…
桜花 「だって、今まで月緋様にそういう相手はいらっしゃらなかったので…。あの方はあまり傍に女を置きたがらないうえに、縁談も全て断っているんです…」
そんなに?というアグネスの反応に桜花はこくこくと頷く
桜花 「あまりにも縁談のお誘いがしつこかった相手には直接乗り込んで「またかのようなことをしてみろ。城ごと燃やして女諸共晒し首にするぞ」と脅したくらいですし」
アグネス 「待って」
桜花 「だから月緋様がお嬢様をここへ連れていらっしゃった時、みな驚いてました。侍女の間で話題持ち切りなのですよ。月緋様とお嬢様の恋バナで」
アグネス 「待って」
桜花 「あ、今話したことはどうか月緋様に告げ口しないでくださいませ…私達侍女の首がはねられるかもしれないので」
アグネス 「待ってほんとにツッコミが追いつかないから」
桜花 「首はねは嘘です」
アグネス 「嘘なんかい」
桜花 「…多分」
アグネス 「多分!?」
だからあの時この子はあんな反応してたのね、とツッコミ疲れしたアグネスは一人納得したのだった…