ディラン 「今までの記憶が全部ない、かぁ…」
三人で焚き火を囲みながら音葉のとってきた魚を焼き、火が通ったものから各々口へ運ぶ。
ディランが自分と音葉の自己紹介を軽く済ませ、いざ彼の話を聞こうとしたら何も覚えていないと返されてしまった。
墜落痕と共に森の中傷だらけで倒れていた黒髪の男。自分が何者なのか覚えておらず、どこからやってきたのかもわからない。
彼は構わず焼き上がった魚を枝ごと持ってかぶりついてるが、握る手は小さく痙攣していた。怪我のせいだ。無理して腕を動かしているのだろう。
ディランはふと思ったことを彼に尋ねてみる
ディラン 「手足、内臓付近の骨の骨折、内部のダメージも四箇所。外傷は特に酷かった。これは君を見つけた時に君が負っていたダメージだ。
ここ周辺村がないし正直助けるのは難しいと思っていたけど、君は丸一日で目を覚ましたね。本当に驚いたよ。」
それは応急処置で施した回復魔術が優れていたおかげでは…と彼は言ったがディランは続ける。
ディラン 「それだけじゃない。回復魔術を使う時、私は基本体内の魔術回路を辿りながらするのだけれども…
なんて言うかね、君の魔術回路がかなり複雑だったんだ…熟練の魔術師の中でもかなり稀なタイプと言うべきか…」
彼はピンと来ないような顔をしていた。
音葉は二人の会話を聞きながら静かに魚を食べ続けている。
ディラン 「つまり、私が考えるには君はかなり名のある魔術師だと思うんだけど…どうかな?」
食べる手を止め考え込む相手。
ぱちぱちと焚き火の音がやけに大きく聞こえた。
「…わからないな……体感的には自分が魔術を扱えるかどうかさえも確かじゃない……でも…」
ディラン 「でも?」
「ディランさん。貴方の顔にはどこか見覚えがある。…どこかで会ったりしたか?」
相手の発言に思わず目をぱちくりさせるディラン。全く心当たりがないようだ。
ディラン 「いや…君のような人は初めて会うよ。気の所為じゃないかな。」
流れる沈黙…
音葉が小さく切り出す。
音葉 「あの…もし彼が名のある魔術師なら、大きな魔術学院で前に教師をしていた先生と接点があってもおかしくないのではないかな、と…」
確かに…もしかしたら私が覚えてないだけかもしれない。他に手がかりも心当たりも無さそうだ。
なら__
「…地震か?」
彼がボソッと呟いた。その言葉に感覚を集中させれば、地鳴りが聞こえてくる。
音葉 「先生、竜の大群が…」
音葉が見つめる方向を見れば、確かにそこにはこちらに向かってくる竜の群れ。
ディラン 「まずいね…ここの区域は草食竜が夜の内に頻繁に大移動するのを忘れていたよ」
このままでは野営地を踏み荒らされてしまいそうだ。
「どんどん近付いてくるぞ。逃げないのか」
ディランは手を緩く筒の形にし、口に当てた。
ホーロロロ…ホーロロロロロ
竜の群れの軌道が逸れる。彼らは横を通り過ぎ、やがて地鳴りがおさまった。
「今のは…?」
ディラン 「ヨケドリの鳴き真似だよ。ほとんどの竜はヨケドリを好まないからね。鳴き声が聞こえると彼らはわざわざ避けていくのさ。」
よけどり?と相手は首を傾げる。
ディラン 「そうそう、竜が避けるからヨケドリ。似たようなのにヨセドリというのもいて、名の通り鳴けば逆に竜を寄せてくるんだ。詳しく言うとこの子達の出すあるものが竜にとっては__」
音葉 「えっと、先生…?」
音葉の声で我に帰る
あぁ、教師をやっていた性か…熱が入るとつい語りすぎてしまう…
ディラン 「すまないね、話が逸れたよ」
気を取り直してディランは彼に向き合った
ディラン 「もし、行く宛がないなら記憶を思い出すまで一緒に旅でもしないかい?君がよければだけど…」
「…あぁ、是非ともよろしく頼む」