明日出発の準備を済ませ、夜が更ける頃。
音葉は既に就寝しているが、男二人は未だ火を囲んでいた。
ディラン 「ところで、君のことどう呼んだらいいかな。本当に何も思い出せないかい?」
そう問われた男は考え込むように口元に手を当てる。
沈黙、のち…
「…朧気で曖昧だが、誰かに"アダム"と呼ばれていたような気がする」
そう答えた相手にディランの顔が綻ぶ。わずかにでも記憶が残っていたのが自分のことのように嬉しいのだろう。
ディラン 「アダム…アダムか、良い名前だね。」
これからはそう呼んでもいいかとディランが聞けば彼も頷く。
ディラン 「洋風文化圏の名前だからノテオディカ大陸かここノーベス大陸出身かな。丁度いい、しばらくはノーベス大陸の南部を巡ろうと思ってたから。」
手がかりが見つかるといいね、とニコニコしながら言うディランは沸騰してグツグツ鳴る鍋を火から外していた。
アダム 「あぁ、しばらく世話になる…。
ところで、晩飯は食い終わったはずだが先程から何を…?」
ディラン 「ん?これね、薬草を煮込んだものだよ」
ディランが蓋を開ければ、鍋の中にはおおよそ口にできるとは思えない黄土色の汁が…
魔術薬学には造詣があるわけではないけど、と言いながらディランはそれをかき混ぜる。
とんでもない悪臭が風に煽られて鼻を刺激した。アダムの本能があれはやばいと訴える。
アダム 「…俺が飲むのか?」
ディラン 「君の自然治癒力を上げるためだよ」
アダム 「いや、それがなくても俺は__」
ディラン 「飲んでね。全部。」
結果だけ言うと、アダムはその場で吐いた。
アダム 「さっきノーベス大陸を巡ってると言っていたが、何を目的に旅をしているんだ?」
焚き火に薪を継ぎ足していたディランの手が止まる。
ディラン 「…トランテスタ魔術学校襲撃事件を知っているかい?」
心做しか声のトーンが下がった相手に、アダムは口をつぐみ首を横に振る。
ディラン 「最高峰の魔術学校が一日にして壊滅した事件だよ。突如現れた人喰い竜の群れによってね。」
人喰い竜?と聞き返すアダム。
ディラン 「そう、人喰い竜。この世界の竜に肉食はいれど人間や竜人を食べる種はこれまで確認されていなかった。
人喰い竜は架空の存在だと思われていたんだ。なのに、それが突然大量発生した上に集団で行動してる。
今でも各地で襲撃が起きている。旅の目的は、彼らが発生した原因の解明と、繰り返される襲撃の阻止あるいは対策を講じるため。」
アダム 「それと旅をすることに何の関係が…?」
ディラン 「情報が、ないんだ。……そういった書物の保管もしていたトランテスタが燃やされてしまったから。
だから、わずかにでも文献が残っていないか各地を巡っているんだ。」
アダム 「…そうだったのか…今までの成果は?」
ディラン 「1ヶ月ぐらい旅をしてるけど、ないよ。でもね、希望は捨ててないさ。」
そう微笑んだディランは「さ!」と話はこれで終わりだと言うように手を叩く
ディラン 「飲みたくないからと話を逸らしていたかもしれないけどダメだよアダムくん。残りもう少しだからほら頑張って」
アダムはうげ、という表情をするとあからさまに湯呑みから顔を逸らす
アダム 「ディランさん元魔術教師なんだろ、なんかないのか…?こう、もっと味をマシにするやつとか」
ディラン 「あるよ、五感変化術に似たようなものが」
アダム 「あるなら何故最初から…」
ディラン 「私は一日に使える魔力量が極端に少ないんだ。今日はもう魔力切れ。すまないね。」
その代わりにこれで口直しでもするといいよ、と渡されたのは包装された甘味だ。
いそいそと包みから取り出し、小さく味見すれば「…うまい」とアダムは小さく零した
これで頑張れそう?と聞かれてアダムは渋々頷く
さっさと飲み干そうと四苦八苦するアダムにディランは取り出した白い羽を見せた
ディラン「そういえばこれ、君が倒れていた近辺に大量に落ちてたんだけど心当たりない?」
アダム「…なんだそれは、鳥の羽か?デカイな」
ディラン「1mの風切羽もあったよ。君、竜人だったりしない?」
アダム 「…わからん」
そっか…と答えるディランを横目に、口直しに慌てて甘味を食べようとするアダム
だが、何かがアダムの前を横切り…
甘味が掠め取られてしまった
ディラン「へ、今の、もしかして鳥!?」
夜に活動してる鳥なんて珍しいとはしゃいでるディラン
甘味を横取りされたアダムはワナワナと震えながら立ち上がり…
アダム「貴様ッ!!!」
何が起こったのかわからなかった
アダムの手元が光ったかと思えば、次の瞬間には炎が放射され
舞っていた鳥は丸焦げになり墜落
撃ったであろう本人もディランも驚きのあまり目を丸くしている
アダム「…魔術、使え…た、な…」
ディラン「暗闇の中、10m離れてたのに、命中精度……
……ええ、と…
とりあえず甘味のおかわりいる?」