丘陵地帯の中腹に位置する町。
その周りには青々とした草原が広がり、美しい山々が町を取り囲んでいた。
街と街を繋ぐそこは旅人や商人が立ち寄る安息の場所になっているためそれなりに発展しており、公共施設が充実している。
ディランはその一つである郵便局に寄るためにこの町、エイド町に訪れていた。
音葉とアダムには噴水が見れる広場で待機してもらっているらしい。
ディランは郵便局の扉をゆっくりと開け、中に足を踏み入れた。
そんなに混雑はしていないようだ。
早速窓口で自分宛に郵便物が届いてないか確認してもらう。
一定の地域内の郵便局に預け入れられていれば、各郵便局を中継地点に魔術を使って郵便物を転送するシステムが存在するのだ。
受付の人は丁寧に微笑んで「確認してまいります」と奥へと引っ込んでしまった
ディランはその間、周囲の様子を見回す。
壁には地域の地図や広告が掲示されており、控えめながらも役立つ情報が提供されているようだ。
ふと目に入ったポストも、静かに郵便物を待っているように見えた。
お待たせしました、と受付の人が再び現れ、手にはいくつかの封筒が握られていた。
ディランはそれらを受け取ると、受付の人に礼を言い差出人を一つずつ確認していく。
いつも通り、機関の者から、遺族の方から…あと、これは…
軽く会釈しながらディランは郵便局を後にする
他の手紙は丁寧に仕舞い、気になった一通を手に取った。
質素だが小綺麗な封筒から、ほのかに優しい樹木の香りがする
わずかに魔力も纏っていたが害はないと判断し、封を切った。
瞬間、町中に響き渡る声。
「どうして連絡くれないんだ!僕のこと嫌いなのか!!」
開封した手紙から映像が宙に出てきた。
そこに映っているのは幼子と見紛うほど華奢でふわふわな白い髪を持つ人物。
ディランはこの人物を知っている。
何年も前から色々とお世話になっている杖職人のカプリヨだ。
これは魔術によって作成可能な映像付き手紙だったのだ。
映像を録画し封に込めることで、開封した時にその映像がその場で映し出される。
音声付きで…
ただし映像を送ることができるだけで、リアルタイムでやり取りが出来る訳では無い。
「連絡の一つや二つ寄越したっていいじゃないか!」
と映像の中でぷんぷん怒っているカプリヨ。
その音量はかなりあり、町いく人々がこちらを注目している。
この場で開封するのは間違っていたようだ…
ディランは焦り、手紙を持ったままそそくさと一通りの少ない方へ避難した。
カプリヨ「ボクが言えた立場じゃないけど、キミ今ふらふらしててどこにいるかわかんないんだから!!
杖のメンテも滞ってる!!それとちゃんとご飯食べてるのか!!」
相変わらず映像の中のカプリヨは触覚を揺らして喋り立てていた。
相手に伝わることは無いが、ディランはそれを申し訳なさそうに聞いている。
映像の中と言えど、ほんの少しだけ…親に叱られているような気分になるのだ。
ふと、カプリヨがため息を吐き眉尻を提げて困ったように笑う。
「心配だから連絡しなさい」と落ち着いた声色で言われたのを最後に、映像は終わってしまった。
ディラン 「うん、近いうちに杖のメンテを頼みに行こう」
返信は早めに、と呟きながら手紙を丁寧にしまい込む。
「よぉ先生!奇遇だな!」
頭上から聞き覚えのある声がする。
ディランが上を見上げれば、人好きするような笑みを浮かべている彼が覗き込んでいた。
柔らかな栗色のくせっ毛が特徴的な竜人配達員だ。
ディラン 「ディオナくんじゃないか…!久しぶりだね、元気にしてたかい?」
もちろん毎日快調だぜ、と返しディオナはカバンから一通の手紙を取り出す。
ディオナ 「そうそう、先生宛にお手紙届いてんぜ。ついでに受け取ってくれねぇか?」
サインちょーだい、と彼が笑いながら手渡した。
九重 蓮、と書かれた差出人の名前を撫でる。
ディオナ 「例の元生徒か?」
ディラン 「うん。よく覚えてるね。」
ディオナ 「先生が沢山話してくれてたじゃねぇか。」
ディオナは懐かしむように微笑んだ。
ディラン 「ふふ、そうだったね。…ディオナくんはこれからどこへ?」
ディオナ 「北上しようと思ってる。次は北の辺りを回んなきゃだからよ。」
北、というと和が主文化の地域か…
セベロヴァスト大陸の国々と貿易している国もあるという…
ディラン 「そっか、そしたら丁度いいや。少し時間あるかい?」
ディオナ 「お、早速返信するのか?いいぜ、その間にちょっと郵便局行ってくる」
ディオナが郵便局へと向かったのを尻目に、ディランは目の前に簡易的な透明の机を作った。
氷属性魔術を応用し無属性魔術と組み合わせてその場で空気を固定させる魔術だ。
手紙を読んでペンを手に取り、手紙を書き終えるまでそう時間はかからなかった。
ディオナ 「もう書き終わったのか、相変わらず早いな先生」
ディラン 「おかえり。仕事があるのに待たせるのも悪いだろうから」
ディオナ 「確かに受け取ったぜ。ん?先生、お金余分に渡しちまってる…」
ディラン 「チップだよ。これで美味しいものでも食べてね。」
ディオナ 「いいのか!ありがと!んじゃ行ってくる!」
ディラン 「うん、気を付けて行ってらっしゃい。またね」
羽ばたきが生む風に前髪が揺れる。
細めた視界の向こうで、晴天の青を背にディオナが笑って手を振っていた。
ディオナ 「またな先生!」
飛び立つディオナを見送り、ディランも広場で待っている二人の元へ向かうのだった。
一方その頃、音葉とアダムはというと…
広場の噴水前で二人で広げた世界地図を眺めていた。
どうやら現在位置を確認しているらしい。
音葉 「今いるエイド町がここで…この町を経由して主要都市ルシオールや月黒に行けます…」
ノーベス大陸を主に指でなぞる音葉の説明を聞きながら、アダムはふと自分が持っていた側にある右の大陸に目を向けた。
アダム 「…朧帝国?」
音葉 「えっと…和風文化なセベロヴァスト大陸の国の一つ、ですね」
アダム 「……ここへはどうやって行けばよい?」
音葉 「えっ…えっ?」
音葉が脳の片隅から記憶を引っ張り出しつつしどろもどろに答えようとする。
音葉 「まず…ノーベス大陸からセベロヴァスト大陸へは……北部から出る航路からしか行けないので…」
アダム 「何故北部からしか行けない?」
音葉 「っ!?、それは……そのルート以外だとディザスタ海域を通ってしまうので」
アダム 「その海域を通ることに何か問題があるのか」
一度気になってしまうととことん気になる性分なのか詰めてしまうアダムと、質問責めでたじたじになる音葉。
「ディザスタ海域は一般的に横断不可とされているからだよ」と助け舟を出したのはようやく郵便局から戻ってきたディランだった。
「先生!」と音葉が明らかな安堵の色を見せる。
ディラン 「セベロヴァスト大陸の南、そしてノーベス大陸の東に位置している広大なその海域は別名魔の海域と呼ばれている。
横断を試みた船は軒並み行方不明になっているから航路にすることは不可能なんだ。空島を見たとか幻の大陸を見たとか、太古昔から海の巨竜オーケアノスが住み着いてるから船が沈められるとか…色んな面白い噂があるよ」
アダム 「…だから安全を取ってノーベス北部からしか船で行けないのか」
ディラン 「うん、そういうこと。朧帝国に行きたい理由でもあるのかい?」
そう聞かれて、アダムも首を傾げた。
アダム 「特には…なんとなく、気になっただけだ。ところで、次の目的地はどこなんだ?」
よくぞ聞いてくれました、とでも言うような表情でディランは答える。
ディラン 「ふふ、招待状をいただいてね。次に目指すのは砂漠に遺る神殿跡地だよ。」