緋の章 第14話
- 主催
- 2024年12月3日
- 読了時間: 4分
「早く…早く伝達せねば…!!」
背の高い草をかき分け、草原の中を馬で駆けていく。
向かう先は自軍の先方部隊。
いわゆる戦前線。
現在、同盟連合軍が朧帝国との戦争を始めようとしている。
その為に進軍も済ませ各々配置に着いて陣を組んでいた。
同盟連合軍、自陣は完璧な状態だったはずなのだ。
しかし、後方は既に壊滅的な混乱状態。
最前線で張っている味方に状況を伝えなければ一気に戦況が翻される事態が起こっている。
不運にも霧が濃い。
道行く草も背が高く
視界が悪い中、後ろから数多もの足音が聞こえてくる。
もうすぐそこまで"あれ"が迫ってきている。
「後方から突如として現れた群れ…それを率いる謎の男が次々と大将を…」
伝達役として早くこれを伝えねば__
ふと、隣に並ぶ影。
いつの間に並走していたのは、馬の姿に似た竜だった。
陸地を移動するのに特化した脚力を持つ馬竜と呼ばれる竜の一種。
そして、その馬竜に跨っていたのは例の男。
燃えるような緋色の髪。
黒曜石の瞳に灯る紅玉の色。不敵な笑みを携えている、端正な顔立ち。
乗竜したまま、彼は弓を構え矢先を向けられた。
「情報は断つのが定石ゆえ、悪く思うな」
弓を絞るその指は離され
眼前に鏃が迫__
同盟連合 諏杜国軍。
ここは前衛部隊より後方、中衛部隊が待機している丘上。
鈍色の空と曇り模様。
立ち込める濃霧のせいで予定より陣形を広く展開出来ていない。
これ以上間隔を開けると連携が取れなくなってしまうからだ。
「見通しが悪いな」
騎竜に跨っていた大将が独りごちる。
こうも天候に恵まれないと、伝達手段の一つである狼煙が封じられたも同然。
だがそれを使うこともないだろう、奇襲でもない限りは。
「まぁそれも有り得ぬが…何せ朧帝国の西側は完全に包囲してしまったからな」
今のところ問題はない。
そう彼が思っていた矢先だった。
大地を揺るがすような地鳴り。
振動が後ろから近付いてくる。
「大将!後方から野生の竜と思しき大群が向かってきています!」
「なんだと…渡り時期だとしてもここは通る道じゃなかったはずだ…!」
濃霧で状況が確認できない。
だが、轟く地響きが嘘ではないと証明していた。
ピヒューピロロロ…
地鳴りに紛れて甲高いさえずりが耳に入る。
同時に、騎乗していた竜がおもむろに首をもたげた。
鳴き声の方向を注視している。
間違いない、あれは竜の注意を引く鳥の鳴き声。
野生の竜の進行方向を故意に変えることができるものだ。
まさか、後方からの敵襲だと…!?
大将が指示を出そうとしたその瞬間、その動きがピタリと止まる。
何事かとみなの視線が集まった。
…兜の隙間を縫うように、一本の矢が突き刺さっている。
大将の額を何者かが矢で貫いたのだ。
「は……
…た、大将が討たれたぞ!」
人形のように崩れ落ち、呆気なく落竜する。
誰も彼もに動揺が走った。
隊列も陣形もみな乱れ始める。
悲鳴にも似た叫びを上げる魔術師。
「馬鹿な!1485尺もの距離を弓矢で射るなど!」
450m先の大群に紛れる敵を魔術師は感知していた。
そして、感じ取った彼の次の行動に喉を引き攣らせる。
その男がまた弓を引いているのだ。
体勢を立て直す時間など与えぬ、とでも言うように。
炎の矢が弧を描き次々と飛んでくる。
着弾した先は、数々ある荷馬車。
各隊に等間隔に配置されている、武器と…そして火薬も積まれている荷馬車だ。
炎を纏う矢で射抜かれれば、この後どうなるかは火を見るより明らかだった。
閃光と熱波。
上下左右がわからなくなるような衝撃。
次いで来るのは痛みと硝煙の臭い。
一箇所だけではない、あちらこちらが爆発に飲み込まれる。
一つ、また一つと爆ぜていく。
断末魔も爆発音にかき消されていく。
制御を失った騎竜が暴れ、さらに場は混沌と化す。
それだけで終わるならまだ良かっただろう。
煙幕の向こうから現れたのは、地鳴りの主。
竜の大群。
行く先に人がいようが竜がいようが、関係などない。
我が道を進み、文字通り全てを踏み潰し蹂躙する。
その有り様はまさに波に呑み込まれる光景に等しかった。
地獄絵図が後方から迫ってきているのだ。
ただ一人、何が起こっているのか理解できる魔術師は絶望していた。
「これを全て…あの男一人が引き起こしているというのか?軍勢でもなく、部隊でもなく…あの身一つで全てを味方につけて…」
大群の先頭にいる男。彼だ…あの赤髪だ。
戦場において、その名を知らぬものはいない。
馬竜に乗って軽やかに駆け抜けていく、その通りざまに目が合った。
それだけだ。それだけだというのに、指一つ動かせなくなってしまった。
近しいもので表現するのなら、それは畏怖であろう。
全てを呑み込む波がすぐそこまで来ている。
魔術師は為す術もなくただ立ち尽くしていた。
「あれが…双月の片割れと言われていた悪魔か」